歴女必見!津野町の歴史を感じるスポット3選

津野町は歴史に名を残す偉人を多数輩出しています。
そんな偉人たち所縁のスポットをご紹介いたします。
どのスポットも駐車場があり、無料で拝観可能ですのでお気軽にお立ち寄りください♪

城山公園(姫野々城址)

津野町の名前の由来にもなった、土佐一戦国の七守護、津野氏の本拠地です。
白雲神社前に駐車スペースがあり、トイレも設置されています。

入口には案内看板やパンフレットが設置されていますのでご利用ください。

姫野々城址までは遊歩道が整備されており、城の特長である自然の地形を利用した強固な「畝状竪堀群(うねじょうたてぼりぐん)」など、当時の様子を垣間見ることができます。

(遊歩道では当時の土器のかけらが見つかることも!)

白雲神社から姫野々城址まではゆっくり歩いて20分ほどです。
各所に詳しい案内がありますので、じっくりと散策してくださいね!
グーグルマップなどをお使いの際は「津野町 白雲神社」と検索ください。

住所高岡郡津野町姫野々886-1
問い合わせ先津野町教育員会
TEL0889-62-2258

片岡直輝・直温生家(郷土資料館)

片岡直輝(1856~1927)、直温(1859~1934)

土佐勤王党員であった父孫吾郎の背中を見て育った兄弟は、母信子の献身的な支えもあり、貧しさを乗り越え、明治大正の日本経済界を牽引していく実業家へと飛躍していきます。

兄、直輝は海軍での外国駐在経験を活かし、日本銀行大阪支店長を経て大阪ガスを設立し、阪神電鉄、南海電鉄など多くの企業の社長職を歴任して「中山の大御所」と呼ばれました。

弟、直温は伊藤博文の知遇を得て官界で活躍したのちわずか29歳で日本生命の設立に貢献します。
日本生命の社長になったあとも京都都ホテルや奈良ホテルなど多くの会社を建設し、若月内閣の大蔵大臣となります。

この建物は旧宅に間取りなどを似せて母のために兄弟が復元建設したもので、瓦葺き平屋建、池を配した本格的庭園を西側に、東側には郷土資料館が建てられています。

家屋は今なお「別荘」と呼ばれ、広く町民から親しまれています。

片岡直輝・直温の物語を動画で見たり、日本庭園を散策することもできます。

郷土資料館

片岡直輝・直温生家に隣接する郷土資料館。
昔使われていた農機具や火縄銃、姫野々城址で出土された土器など様々なものが展示されています。

牧野富太郎先生とお揃い?の胴乱[どうらん](植物を入れるためのカバン )も展示されています。

住所津野町永野468
問い合わせ先片岡直輝・直温生家
TEL0889-55-3810
入館料無料
営業時間10:00~16:00
休館日火曜日・年末年始(12月29日~1月3日)
サイト片岡直輝・直温生家

吉村虎太郎邸(早瀬の一本橋)

明治維新の先駆け、天忠組を組織し、討幕に命を燃やした土佐の四傑の1人である吉村虎太郎の生家を復元。
中に飾ってある展示物では津野山の庄屋時代、土佐藩脱藩から天忠組での活躍など彼の生涯と実績を紹介しています。
旬の食材を使った昼食(要予約)、軽食(うどん、そば※予約不要)もぜひご利用ください。

浴衣や着物など500円でレンタル可能です!縁側に座ったりするととても絵になります。

虎太郎が津藩兵に銃撃され戦死したときに着ていた半襦袢(はんじゅばん)などの貴重な展示品も必見です。

さくさくのかき揚げがのった「虎太郎うどん」

早瀬の一本橋

一本橋は沈下橋の原型といわれ、流れ橋とも言われます。長さ9メートル、幅60センチ、厚さ30センチほどの木の板3枚を橋桁の上に渡しただけのシンプルな橋。

吉村虎太郎邸から徒歩5分の距離にあります。

かつて虎太郎も渡ったであろう一本橋。維新に思いを馳せて歩いてみてはいかがでしょうか。

住所津野町芳生野甲1456-1
問い合わせ先吉村虎太郎邸
TEL0889-62-2601
入館料無料
営業時間10:00~16:00
休館日火曜日・年末年始(12月29日~1月3日)
サイト土佐四傑 吉村虎太郎邸 || 高知県津野町

以上、歴女必見!津野町の歴史を感じるスポット3選でした。
歴史好きのお友達同士でも、一人でも気軽に巡っていただけますのでぜひお越しください♪
※城山公園(姫野々城址)は、スニーカーなど歩きやすい恰好での散策をおすすめいたします。